タルタロス・ドリーム デス編1


学校があり、ゲームセンターがあり、海がある、大まかな見た目は普通の世界。
けれど、通学路に害敵が出現したり、生徒に尻尾が生えていたりと、どこか不思議な部分もあった。
そんな学園の生徒であるプリンスは、全力疾走で学校へ向かっていた。
今日は学期始めのテストの日。
前日まで好き放題眠れていただけに、急に早起きはできなくてだいぶ寝坊したし
しかも、通学路で敵に三連続で遭遇してしまい、だいぶ苦戦した。
気付けば予想以上に時間が経っていて、遅刻寸前だ。

全速力で走っている最中、横道からすっと人影が現れる。
「よお、へっぽこ!ずいぶんと焦ってんじゃねえか」
自分のことをそう呼ぶ相手は一人しかおらず、プリンスは鬱陶しそうに眉根を寄せる。
その相手も同じく遅刻しかかっているようで、隣に並んで走り始めた。
「デス、お前だって同じだろ!どうせどマイナーなカードゲームを一人寂しくやってたんだろ」
「う、うるせー!今はマイナーでも、人気爆発するに決まってんだからな!」
デスは大きな尻尾を振り上げ、プリンスの背を叩く。

「いてっ!こっちは必死なんだ、邪魔すんな!」
「お前の必死さなんて知ったこっちゃねーや!
ま、お前がどれだけ走ったって、俺の方が早く着くに決まってるけどな」
そう言い捨て、デスが速度を上げる。
「お前より遅く走れるのなんて、かたつむりくらいのもんだろ!」
プリンスも負けじと速度を上げ、デスの隣に並ぶ。
そのまま、お互い全力疾走で校門をくぐり、校内を駆け抜けた。


二人はほとんど同時に教室に入り、遅刻はぎりぎり免れた。
どっちが早かったかはっきりさせたかったけれど、すぐに担任が来たので大人しく席に着く。
「これより、期首のテストを始める。休み期間中だらけていなかったら、できるはずだ」
担任のジスロフ先生の低い声に、教室がしんと静まり返る。
眼光鋭く威圧感のある教師には、恐れを抱く生徒が多かった。
そのおかげで授業内容は身につきやすいという評判もあったが、どこか接しがたい雰囲気があった。

テスト用紙が配られ、午前中はほとんどぶっ続けて3科目分行われる。
最初の内は頭が冴えていたものの、昼にかけて集中力が落ちてきて
たまに、静かな教室内に腹の音が鳴り響くこともあった。
プリンスもデスも朝食を食べる暇がなかったので、集中力が途切れる。
けれど、一問も手を抜くわけにはいかなかった。


しばらくして、授業終了の鐘が鳴る。
「そこまで!用紙を提出した奴から休憩してよし」
ジスロフの合図で次々と生徒が用紙を提出し、外へ出て行く。

「すげー腹の音鳴ってたじゃねえか、これじゃあ結果は見えたな」
「お前だって腹減ってんだろ。油断してると、怪盗学で痛い目見るぜ」
珍しく、デスが言葉に詰まる。
朝の競争にせよ、水泳にせよ、ゲームにせよ、二人は拮抗することが多かった。
けれど、怪盗学のテストだけは一度も勝てたことがなかったからだ。

「お前こそ、怪盗学だけできるからっていい気になってんなよ!」
回答を提出し、デスはさっさと教室を出て行く。
プリンスは教室に残り、弟お手製の弁当をがつがつと食べ始めた。


時間が余り、プリンスは校内をうろつく。
学年が上がったからと言って、教室が変わる以外に何ら変化はない。
適当に暇をつぶして戻ろうとしたとき、下駄箱にデスがいるのを見つけた。

「デス、何してんだ?」
デスはびくりと肩を震わせ、さっと振り返る。
「何だ、おどかしやがって。オレは今、すげー重要なことしてんだよ」
「重要なこと?怪盗学より重要なことって、何だ?」
プリンスが興味深そうに聞くと、デスは得意げに鼻で笑う。

「そうやすやすと教えるわけねーだろ。テスト中、ずっと気にしてな!」
捨て台詞を告げて、デスは教室へ戻る。
「下駄箱で重要なこと・・・?全く、何なんだよ」
下駄箱を眺めてみても、特に変化はない。
調べているとテストが再開される時間が迫ってきて、プリンスは後ろ髪を引かれつつも教室へ戻った。


午後の一発目のテストはお得意の怪盗学で、プリンスは好調だった。
その後の帝王学も何とかなったが、冥界学はいかんせん鉛筆が止まる。
特別難しい授業ではないのだけれど、担当の先生の声が静かで、昼寝をするにはうってつけの授業だ。
先生も注意しないものだから、生徒の半分は寝ていて、冥界学で苦戦する生徒は多い。
そうして頭を悩ませたまま、修了の鐘が鳴った。

「手を止めろ!提出した者から帰れ」
ジスロフの声に、全員がさっと鉛筆を置く。
せいせいしたと言うように、生徒は次々と出て行った。
プリンスも廊下に出たところで、待ち構えていたデスとはちあわせた。

「結果が楽しみだな、へっぽこ」
「吠え面かくなよ。さっきの冥界学、ほとんど手が動いてなかったみたいだしな」
「う、うるせーな!お前だってあの授業は爆睡してんだろ」
お互いに悪態をつきつつ、口が減らないまま下駄箱へ行く。
そのまま、なんやかんやで一緒に帰るのが日課だった。




翌日も、通学路がほぼ同じなので二人は自然と合流することになった。
「ふん、へっぽこでもさすがに2日連続で寝坊するほどマヌケじゃなかったか」
「寝坊はお前の専売特許だろ」
朝から嫌みを言い合い、通学路を進む。
出会えば悪口合戦になるけれど、一緒に行動する時間はなぜか一番長い。
これは通学路が同じで、席が近いせいでしかないと、お互いはそう思っていた。

テストは全て終わったので、今日からは通常の授業が始まる。
学校の授業は珍しく選択制で、朝に選べば一日中その科目を受けることになる。
そして、打ち合わせもしていないはずの二人が選んだのは、冥界学だった。

「何でお前も冥界学選んでんだよ!ははーん、さてはオレに点数を知られない内に破り捨てようって魂胆だな」
「そんなわけあるかよ。その台詞、そっくりそのまま返すぜ」
お互いを探りつつも部屋を移動し、冥界学の教室に入る。
話しながらだと歩みが遅くなり、ほとんどの席が埋まっていた。
二人は仕方なく、隣同士の席に座る。


「じゃあ、冥界学の授業を始めるよ。その前に、テストを返さないとね・・・・・・プリンス君、デス君」
担当の先生が、静かな声で呼びかける。
聞けば眠りに誘われてしまう声、青白い肌、そのあだ名は死神だった。

答案を受け取ると、二人はささっと隠す。
言い争うのは授業の後だと、暗黙の取り決めがあった。
その後、死神先生の何とも静かな授業が始まる。
昨日、脳をフル稼働させた疲れがまだ残っているのか、二人は頭が働かない。

静かな声を聞いていると、だんだんと瞼が重たくなってきて
授業が半分も進まない内に、二人とも他の生徒に紛れて寝息を立てていた。
諦めているのか、興味がないのか、死神は目を向けることもしない。
そのまま、二人は授業終了の鐘が鳴るまで爆睡していた。


「やーっと終わったか、じゃあ、せーので見せるぜ」
「後出しすんなよ、せーの!」
プリンスの掛け声で、二人は答案を出す。
その点数を見て、お互いに渋い顔をした。

「何で同じ点数なんだよ!絶対オレの方が一回りも二回りも上回ってるはずだったのによ!」
「それはこっちの台詞だ・・・はぁ」
二人の点数は50点にも満たない、低レベルの争いだった。
けれど、それだけ授業の眠気に耐えるのは難しく、これでも上出来な方に思っていただけに、点数が一点も違わないのは衝撃的だった。

「あーあ、つまんね。適当にメシでも食ってくるか」
デスは答案を引っ込め、今日初めてプリンスと別れる。
昼食の時間だけが、弁当持ちのプリンスと別行動をするときだった。
プリンスはいつものお手製弁当をあっという間に平らげ、教室を出る。
そのとたん、校内中にけたたましい音が鳴り響いた。
何事かと、目を丸くして辺りを見回す。


『緊急警報、緊急警報。未確認飛行物体が接近中、校内に居る者は全員避難せよ』
ジスロフの声が響き、一瞬の間が空いた後、生徒が絶叫する。
全員、一斉に出口を目指し廊下が人で溢れた。
一気に増えた人込みを避けるように、プリンスは近くの教室へ入る。
避難訓練の予定なんて聞いていないし、ジスロフが嘘を言うとも思えない。
本当に学校が襲撃されるのかと、とたんに危機感が沸いた。
廊下の人ごみがましになってきたところで、プリンスも外へ出ようとする。
けれど、その前に、教室の隅で人影を見つけた。

「・・・デス?」
呼びかけると、デスがびくりと震える。
「な、なんだ、へっぽこかよ。何やってんだよ、警報出てんだぞ」
デスは声も体も震えていて、顔に血の気がない。
完璧に怯えているデスを見て、プリンスはとっさに駆け寄っていた。

「お前こそ何やってんだよ、早く出ないとやばいぞ」
「い、いいから、オレに構うな、さっさと行けよ!」
精一杯の虚勢を張っているデスに、プリンスは呆れる。
「じゃあ、後から来いよ」
溜息をついて無慈悲なことを言うと、デスの目にじんわりと涙が浮かんだ。
いつも悪態をついて、横柄な態度の相手の弱い部分を見て、プリンスの胸がずきりと痛む。


「あーもう!ほら、肩貸すから外行くぞ!」
デスは無言で頷き、プリンスの肩に腕を回す。
プリンスはデスの腰を支え、静まり返った廊下を進んで行った。

「うぅぅ、このままだと、学校なくなっちまうのかな・・・」
「さあな、少なくとも、無事じゃ済まないだろうな」
「そうなったら・・・そうなったら、もうお前と」
デスがそこまで言いかけたところで、またけたたましい警告音が鳴り響く。
早く非難しろとせかされているようで、デスはまた涙目になった。

「泣いてる暇あったら足動かせ!いつも達者に動く口はどうしたんだよ」
「ぐ・・・う、るせー・・・」
もういっぱいいっぱいなのか、声が弱弱しい。
プリンスは、励ますようにデスを引き寄せた。

「・・・絶対逃げるぞ。こんなところで、みすみす死なせてたまるか」
「プリンス、お前・・・」
危機的な状況では、もう意地も悪態もいらない。
取り繕っていない言葉を聞いたとき、デスはじっとプリンスを見詰めていた。

「おや、君達、まだ残っていたのかい」
人気のないはずの校舎で呼びかけられて、二人はぎょっとする。
「死神先生、先生も早く逃げないと・・・」
「ああ、そうだったね。じゃあ、一緒に行こうか」
死神は呑気に言い、焦ることもなく二人の横に並ぶ。
何かおかしいと思いつつも、とりあえず外へ避難した。


避難場所には大勢の生徒が集まっており、辺りを見回している。
二人も空を見上げたが、未確認飛行物体らしきものはどこにも見えなかった。
「よし、全員避難したようだな。飛行物体というのは嘘だ。これにて訓練終了!全員校舎に戻れ」
ジスロフの声に、生徒はぽかんと呆ける。
その後、ほっとしたように笑いつつ、ぞろぞろと校舎へ戻って行った。

「く、訓練・・・?」
「はは、死神先生がのんびりしてるわけだ・・・」
二人は一気に力が抜け、その場に座り込む。
気付けば、死神もどこかへ消えていた。

「・・・それにしても、お前のびびりっぷりは傑作だったな、動画撮影しておけばよかった」
「ふ、ふざけんな!あれは、メシの途中でふいをつかれただけだ!」
「はいはい、わかったよ」
苦しい言い訳に、プリンスはあっけらかんに笑う。
ほっとしたからか、デスもそれ以上強がらずに笑っていた。

「そういえば、二回目の警報の前に何言いかけてたんだ?」
「あ、あれは・・・何でもねーよ!先に行ってるからな、へっぽこ!」
デスは急に立ち上がり、校舎へ駆けて行く。
やれやれと思いつつ、プリンスもデスの後を追った。




―後書き―
読んでいただきありがとうございました!
アンディーメンテ作のゲームの中で、衝撃的なものを見つけてつい書いていました。
学園RPG18禁BLゲーってところでしょうか(笑)
「タルタロス・ドリーム」無料でダウンロードできるので、興味ある方はぜひぜひプレイしてみて下さい!